フラメンコに関すること、フェスティバル・デ・ヘレスに関することを書き散らしています。ヨロシクね。
2011年05月10日 (火) | 編集 |
バジョン先生のクラスの後は、とにかく足の指がもげそうになっているので
元気よく歩いてホテルに帰るなんて不可能です。

稽古場はビジャマルタ劇場のリハーサル室でした。
ビジャマルタ劇場は、フラメンコ・フェスティバルのメイン会場である。
劇場の2階にもバルがあるけど、こっちはショーを開演する直前しか開かない。
つか、ショーの開演でもないのに劇場の中には入れない。
劇場横にもバルがあって、こっちはフツーにいつも営業している。
と言ってもスペインのことなので、日曜は休業だし、シエスタもあるよ。
■上記の写真は2007年のもの。
帰国日(=日曜日)に撮影したので、日曜は休業でした、と。
赤い看板の向こうにある、水色ともネズミ色ともつかないドアが稽古場のドア。
そのさらに奥の黒いフレームが劇場の入り口。

ねーちゃんこっちゃで休んでけろ~、ってカンジで
稽古を終えてフラフラで出てくると
いいカンジに尻の下にこの店の椅子がある。みたいな位置関係なワケ。
別の椅子に足を投げ出して血流促進をはかるのが粋なフラメンカ座り(ウソ)。
でも、ね。冗談じゃなく、行儀悪くしているほうがヘレサーノ的にはウケいいです。
なんでか知らないけど
行儀悪いほうがおばちゃんも兄ちゃんも親しみをこめた態度で接してきます。

バジョン先生のクラスはガロティンだったので
コルドベス(=帽子)を持って行っていました。
普通のツバ広帽だけど、今どきツバ広帽をかぶるコト事体がフツーじゃないので
そんなものを持っている人は踊り手と相場が決まっています。
「踊り手け~?」
と、やけに濃い面のお兄ちゃんが話しかけてきました。
「シー」と答え、「イ・トゥ?」と聞いてみました。
だってどー見たってフラメンコな顔+服装なんだもん。
フツーにスーツなんだけど、リーマンはそんな派手なの着ない。
リーマンでもないのに真昼間っからスーツを着ているのは
日本でならホスト君だけど、ヘレスではフラメンコです。
案の定踊り手でした。
つか、この記事のフェルナンド・ヒメネスさんでした。
「バイラール・ポルファボール」って言ったらちょこっと踊ってくれました。
あのね、普通そうそう踊ってくれません。
そして、普通踊ってなんて言いません。
どっかのバーでミック・ジャガーと鉢合わせても「歌って」なんて言わないでしょ。
おんなじ。
でもあたし、スペイン語からっきしじゃないですか。
「バイラール」も動詞の原型なんで「バイラール・ポルファボール」なんて
スペイン語として間違っているハズなんですよ。
通じますけど、ね。
とにかく、話かけられても話すべきことがないので
間違ったスペイン語だろーと、ありえないリクエストだろーと
とにかく何か言っとけ! ファイト一発大和撫子だったりするのです。

あたしのコルドベスを持って踊ってくれました。
ガロティンでもタンギージョでもなく、鼻唄がファルーカぽかった気がする。
最後にすっとコルドベスをかぶって終わり。
でもかぶれません。
「ポーキート?」
って笑いながら言ったら、「うん」って頷いてました。
彼の頭はグランデでした。ぷぷぷ。
しかし、あたし失礼だよなぁ。

※いっとくけど、日本人の印象悪くしてないですからね。
だ、だ、だ、大丈夫で、で、で、ですよ?
去り際に「がんばって」って日本語で言ってくれましたから。
2011年03月30日 (水) | 編集 |

真っ暗ですが、朝7時ちょっと前のホテル前です。
いや、7時になってたかも?
とにかく、空港へ行くタクシーをホテルで呼んでもらっていて
そのお迎えのタクシーはもう来ていました。
ホント今年も(!?)後期はとくに天気が悪くて
この日も夜にさらっと雨振ったんだっけかな?
ちょっとくらいの雨だとダルくて傘をささないので忘れました。
まぁ、朝早いってのもありますが、暗すぎます。
この写真を撮るためにISO感度やら露出補正やらどのくらいいじったか知れません(涙)。

■そして虹3連発!!

      

空港に着いてチェックインしてからロビーでダラダラしていると
遅く着いた知り合いが「虹が出ててキレイだよ」と教えてくれました。
外に出てみると。。。まさにっっ!!
めいっぱい退いてシャッターを切ったんですが、千切れました。。。とほほ。
広角レンズ買おうかなぁ???
カメラの液晶画面上ではキレイに写っていても
光学装置がちゃんと撮ってくれているとはかぎらないので期待していなかったんだけど
なんかキレイに撮れてますね。
ホテルを出る前に夜景状態のホテル前を撮影し
設定を戻すのを忘れて撮ったので
フルオートで撮影するより明るくしっとり撮れたのではないかと推測。
肉眼で見た空の色や虹の色もわりとこんな感じでした。

■思ったとおりまったく満喫できなかったスキポール空港

うわぁ~、楽しそう!!
マドリのバラハス空港に到着した時点でデイタイムに突入しているので
バラハス空港もお店が全開で開いています。
しかし、スキポールほど洗練されたカンジじゃないのが残念っつぅか
そんなバラハスがわりに落ち着くつぅか。。。
オランダなんてそんな洗練されたイメージないし
みなさんも案外そーかと思うんですが
空港のショップはおハイソなカンジを醸しだしていていいんですよ。
成田はバラハス以上に野暮ったいから問題外として
羽田ですらスキポールには勝てないカンジです。

この空港
フライトスケジュールに変更がなければ
乗り継ぎ時間が異様によすぎで
これからさき何年たっても満喫できないだろうと思われます。
コーヒーくらい飲んでみたいちゅーねん。
2011年03月27日 (日) | 編集 |
■わたくしの大アイドル、マヌエラ・カラスコさまです!!



(アッコちゃん提供)

ビジャマルタでショーを終えたあと、劇場隣のバルにご登場なさった、と。
大スターなのでどっか隠れ家的な店に行くのかと思いきや
あんがい大スター様が手近なバルに登場するんですよ。ヘレスって。
でも毎度期待してバル通いするとハズして疲れるので
深夜のショーを見る予定のないときは
翌朝の稽古に備えてさっさとホテルに帰ってしまうのであった。
さすがにこれは痛恨すぎる!!
うが~。後悔してもしきれない~~。

その夜の深夜から始まるショーはアナベル・ベロッソ(?)さんだった。
誰ですか?
んなこたぁ、いいんです。
ラトーレ先生のところの若手さんでしょう。
だってインビタドでマエットラ・ハビエル・ラトーレが踊るから。
しかし食傷。。。ナマ言ってごめんなさい。
今年、マエットロは出ずっぱりでした。
まず、2月27日に小島章司先生のところの振り付けでしょ。
3月3日に自分の舞踊団のショーでしょ。
3月4日にクルソの仕上げの発表会で踊ったでしょ。
この時点ではまだ踊ってないけれど
フェスティバル最終日も後期のクラスの発表会で踊るでしょ。
さすがにこの日はいいやと思って、女王様を見たあとホテルに寝に帰ったのである。

■相当やつれてしまったマエットロ at 最終日の発表会。

(写真提供 アッコちゃん)

フェスティバルのメイン会場であるビジャマルタ劇場で自分の舞踊団の公演もあるのに
小島先生のところの公演のために、直前に来日していたのですよ。
んで、フェスティバル期間中は毎日2時間20分のクラスをやりますわな。
そんでもって自分の舞踊団の公演と、クルソの発表会と、招待ダンサーってカンジで
いままで踊ってなかった分をとりかえすみたいに踊りまくり。
見かけるたびにやつれていき、髪もボサボサになっていってました。
それでも深夜のペーニャで見かけたりしたので、相当寝てないカンジです。
生き方が違うと思いました。

フラメンコのために生き方を改めるべきか?
やっぱ健康大事でしょ! ってユルく生きるか?
悩みどころですわ。
2011年03月26日 (土) | 編集 |
あたしの携帯は海外ローミングを契約してなかった。
スタジオの問い合わせとか、パルマ教室とか、メーリングリストとか
けっこう転送させまくっているので
ヘレスですんごい量のメールを拾いたくなかったのである。
携帯で拾いたくなかっただけで、PCからはチェックしていたんですよ。

ところが災害ですよ。
あたしはPCから家族にメールを出すことしかできません。
すると、おなじホテルに宿泊しているヤンガー・アッコちゃんが
当然のように自分のアイフォンを差し出してくれました。
連絡先がドコモなので、予想通りつながりません。。。
あたしがメールを打っているあいだにも
何度もウチの家族にリダイヤルしてくれていました。
リダイヤルの件は知らなかったんですけど
妹からコールバックがあったと部屋にメモをいれておいてくれて
その時にはじめて知りました。
なんとか家族と連絡をとれたのはアッコちゃんのおかげです。

そんなことをしている間にオールダー・アッコちゃん(ごめん)が外出からもどりました。
現地からでもドコモメニューで海外ローミングをONにできるとゆー
聞きかじりの不確かな情報をもとに
自分の携帯でも連絡をとろうとしていたわけです。
「部屋にマニュアルあるからとってくる!」
「ありがとう
しかし待て。
マ、マ、マニュアル持ってきたんですか?

ゴメ先生のブレリアクラスでクラスメイトだったイギリス在住の日本人。
彼女の宿泊しているホテルにはワイファイあります。
ワイファイあるなら、あたしのパソコンでスカイプできるじゃねーすか。
彼女も快くホテルへ招いてくれました。
ま、幸い、行く必要なくなりましたけど。
にしたって、あたしがパソコンを持ってきているなんて知らなかったので
仕事用のパソコンを使わせてくれるつもりだったんですよ。

とにかく、あの状況で家族に連絡とれてないって
それはそれは不安なわけですよ。
なので、家族と連絡とれてないというと誰もが手を貸してくれました。
ホントーにありがたかったです。
染みました。

家族と連絡もとれ、自分のフライトがキャンセルになったことを知り
もうやることないのでカルフールへ買い物に行きました(意味わからん)。
お土産が足りてなかったんですよ。
この期に及んで帰る気満々ですよ。
どーするつもりだったんでしょーかね。
いわゆる神のみぞ知るってやつですよ。
カルフールでどのクッキーが軽いか吟味していると
※↑お土産は重量が重要。
先週ぺリセ先生のクラスでクラスメイトだったスイス人と長話しになりました。
彼女もとうぜんのことながらお見舞いを言ってれます。
「グラシアス。ペロ~、ミラ、パラ・ミ・ガト

ぶわっはっはっはっ。テメ、それどころじゃねーだろっ!
そんなカンジ。
2011年03月24日 (木) | 編集 |
ドンドンドンドンドンっ!!
「エ~ディ~ぃ?」
「警察だ!」
「だ~れ~? エ~ディ~ぃ?」
「バカ、エディじゃない警察だ。早く開けろ!!」

的な展開を予感させるノックが部屋に響きました。
「みゆきさんたいへ~ん!!」
朝に災害のニュースを知り、昼に家族に連絡がとれてほっとしていたところでした。

TV news 1

TV news 2

午前中のゴメ先生のクラスに来たテレビ局の報道です。
大変なんてゆーからビビッたじゃないですか。
彼女はブロガーで
ヘレスでもこんな風に報道されてるよ
的な素材を撮ろうとカメラをテレビに向けていたらしいんです。
そしたらあたしが写っていたので、わーきゃー言いながら写真を撮りました。
で、いてもたってもいられずあたしの部屋へ急襲(笑)。
あたしはその番組を見ていませんでした。
写真を送ってくれたので、載せます。

あたしの記憶では、もっとしかめっ面していたハズなんだけどなぁ。
地震直後の現地金曜の朝のクラスのことです。
ぶっちゃけ、こんな大災害になっているって知らなかったし
スペイン語が不自由なのでインタビューされるのもダルいし
「あ~、地震の件でしょ。悪いけど話しする気分じゃないから」
ってカンジで、かなり素っ気なくしたつもりだったんだけどなぁ。
記憶なんていい加減なもんですね。



■バルにてアッコちゃんとお食事。
comer con acchan

彼女は今年がはじめてのヘレスでした。
後期しか来ていなかったし
後期はずっと天気がわるくてあんまり外出どころじゃなかったんですよ。
この日もそんなに天気はよくなかったんだけどお外で食事しました。
あたしはピザ、彼女はパエジャを頼みました。
バルでタパばっかりつまんでいたらしく、パエジャを食べてなかったんだそーです。
そらそーだろーなぁって思います。
この店はガイドブックにも広告出しまくりの旅行客相手のタパ屋さんなので
たまたま一人前のパエジャがあったけど
普通、そんなちっこいパエジャはありません。
数人でレストランに行って、他のものといっしょに食べるカンジです。
「やったぁ、スペインに来てまだパエジャ食べてなかったの~」
と大変喜んでもらえました。

きょ、恐縮です。
この店にパエジャがあるなんて知りませんでした(汗)。
あたし、
配慮のいきとどいた繊細な人格から100マイルくらいはなれた人格なんだけど
よっぽど背後霊が冴えてるらしく
ちょいちょいいい仕事してくれて結果オーライになるんだよね。